大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所半田支部 昭和42年(ワ)36号 判決

原告

中原徳蔵

ほか一名

被告

株式会社勇運送

主文

被告は原告両名に対し、各原告につき金一七五万円宛およびこれに対する昭和四二年七月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告) 主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行の宣言

(被告) 原告らの請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二、当事者の主張等

(原告の請求原因)

一、原告両名は訴外亡中原重雄の実父母である。

二、被告は貨物運送営業を営む株式会社であり、昭和四二年二月二二日当時自動車登録番号名古屋一う七五一号の大型貨物自動車を保有していたものである。

三、被告会社の雇用人であつた訴外前村安宏は昭和四二年二月二二日被告会社の営業のため貨物を運送すべく前記自動車に訴外亡中原重雄を同乗させてこれを運転し、半田市から富士市へ向う途中、同日午前一時二〇分頃豊橋市下地町字門田四二先国道一号線道路上において、いわゆる居眠り運転という重大な過失により、前方路上左側に停車中の中立株式会社の大型貨物自動車に自車を追突させ、よつて右中原重雄を頭蓋底骨折のため即死させたものである。

されば、被告は自動車損害賠償保障法第三条の運行者また民法第七一五条の使用者として右亡中原重雄及び原告らに生じた後記損害を賠償する義務がある。

四、亡中原重雄は昭和四一年一月一九日から被告会社に自動車運転手兼労務者として稼働し、月額金四万円の収入があつたので、生活費をその三分の一としてこれを控除するも一年間には金三二万円の収益を得ていたが、一方死亡時二四歳であつたから、その平均余命は四六・四一年、就労可能年数は四一年となるので、本件事故による死亡のため合計金一、三一二万円の純収益を喪失し、同額の損害を受けたことになるが、これを事故当時の一時払額に換算するためホフマン式計算方法に従い中間利息を控除すると金七〇三万〇、五五五円となる。しかして年令に従つて総収入や純益も増大することを考えにいれると、重雄の死亡による得べかりし利益は少なくとも金八〇〇万円を下らない。

五、亡重雄には妻子がなく、原告両名がその実父母に当るので、夫々前記金八〇〇万円の二分の一宛の金四〇〇万円の各賠償請求権を相続した。

六、原告中原徳蔵は本件事故により亡重雄の葬儀費用として金八万八、〇〇〇円、遺骨引取り等のための旅費として金八万円を夫々支出し、同額の損害を蒙つた。

七、原告両名は本件事故による亡重雄の死亡により両親として精神上甚大な苦痛を受けており、この苦痛を慰藉するには各自金一〇〇万円の支払を受けるのが相当である。

八、原告らは自動車損害賠償責任保険から保険金合計金一五〇万円を受取つたので、前記相続分に応じて各金七五万円宛を前記損害賠償請求債権の内入弁済に充当した。

九、よつて、被告は本件事故に基く損害賠償金として原告中原徳蔵に対し、亡重雄の損害の相続分金四〇〇万円、葬儀費、旅費金一六万八、〇〇〇円、慰藉料金一〇〇万円合計金五一六万八、〇〇〇円から保険金七五万円を控除した残額金四四一万八、〇〇〇円を、原告中原セツに対し前同様にして計算した残額金四二五万円を、夫々支払う義務あるものというべきところ、原告らは被告に対しその内各金一七五万円宛及びこれに対する訴状送達の翌日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及ぶ。

(被告の答弁並びに主張)

一、原告主張の請求原因事実中第一、二項及び第三項の前段記載の各事実、第四項のうち亡重雄の死亡時の年令が二四歳であつたこと、第五項のうち原告両名が亡重雄の実父母として同人の遺産に対し二分の一の相続分を有すること並びに第八項の事実はいずれもこれを認めるが、その余の事実はすべて否認する。

二、本件事故は被告会社が半田市から富士市に荷物を運搬する途中発生した事故である。ところで、被告会社にあつては貨物の輸送に際し通常三〇〇粁以内は運転手一名をもつてこれに当らせており、半田市から富士市に至る距離は約一八〇粁に過ぎないので本来一名の運転手で充分であつたが、輸送の安全を図るため特に訴外前村安宏のほか同亡中原重雄を乗車させ、ふたりの責任において相協力して安全運転をなすべき旨注意し、その任務に就かしめたのである。ことに被告会社は右両名に対し半田市を出発する際にも貨物輸送はふたりの共同責任であることを注意し、いずれか一方が眠気を催した場合には必ず他の一方が交替して運転すべき責任のあることを諭したのであるから、右荷物の輸送につき亡重雄も前村とともに共同責任を負うべきである。従つて、仮に一方の運転手前村に過失ありとすれば他の運転手亡重雄においても右過失に共同責任を負うべきであるから、むしろ本件事故により被告会社が蒙つた損害を前村とともに亡重雄も賠償すべき義務あるものというべく、被告に対する原告の本訴請求は全く筋違いの請求であつて、当然棄却さるべきである。

三、被告の原告らに対する本件損害賠償債務は加害者たる前村安宏とその使用者である被告が連帯して負担するものというべきところ、原告らは昭和四二年六月一四日前村から金二〇万円を受領し今後如何なる事由をもつてしてもそれ以上の請求をしない旨の示談をし、同人に対しその余の損害賠償債権を免除したので民法第四三七条の規定により同人に対する免除は被告の利益のためにもその効力を生じ、原告らの損害賠償請求権は消滅している。

四、本件事故は亡重雄の過失により発生したものであるから損害額につき相殺さるべきである。すなわち、本件事故発生の原因は前記二、記載のとおりであり、亡重雄にあつては本件事故発生の前日終業後就寝して休養するのが当然であるのに同僚と雑談する等して時を過し、一睡だにすることなく出発したため間もなく寝込む一方、前村も眠気を催して本件事故をひきおこしたのであるから、亡重雄にも過失があつたものというべきである。

五、原告らは労災保険に基く遺族補償として昭和四五年三月より年金一二万五、四五〇円の支給を受けることになりのち右年金額は原告中原徳蔵が昭和四四年六月二日死亡したため減額され、原告中原セツのみが金一〇万七、五二九円の支給を受けることとなつている。従つて亡重雄が本件事故により死亡した翌月である昭和四二年三月より原告徳蔵が死亡した昭和四四年六月までの二年四ケ月間に原告らに支給せらるべき遺族補償年金額は金二九万二、七一六円となり、また原告セツは昭和四四年七月現在六三歳でその平均余命年数は一五年であるから、同月以降同原告の生存中同原告に支給せらるべき年金額は金一六一万二、九三五円となるので、右合計金一九〇万五、六五一円が原告らの求める本件損害賠償請求金額より控除さるべきである。

(被告の主張に対する原告の答弁並びに主張)

原告らが本件事故に関し前村安宏から金二〇万円を受領し同人に対しそれ以上の請求をしないことを約したことは認めるが、本件事故に対する責任につき被告と前村との関係は通常の連帯ではないし、原告らと前村との間の示談は同人の刑事々件を有利に導くためにしたものであり、また原告らは前村が無資産であることから同人に対してのみ債務の一部免除をしたものであつて、被告に対しそれを超える部分の免除をしたものではないので、右の事実が被告の債務に影響を及ぼすものではない。

被告の過失相殺並びに遺族補償金の受給についての主張事実はいずれもこれを否認する。

第三、証拠関係〔略〕

理由

一、本件事故の発生と責任原因について

(一)  原告主張の請求原因第一、二項及び第三項の前段記載の各事実は当事者間において争がない。

してみれば、本件事故は訴外前村安宏の過失によりひきおこされたものであることが明らかであり、被告会社は運行者として、また使用者として、第三者に生じた損害を賠償する義務があるものというべきである。

(二)  被告は本件事故時亡重雄は被告会社の運転手として前村安宏とともに事故自動車に同乗して運転業務に従事していたのであるから、本件事故につき前村と共同責任を負うべきで、第三者として損害賠償請求をなしえないものであると主張するので、検討するに、〔証拠略〕を綜合すると、被告会社においては貨物運送に当り輸送距離三〇〇粁以内は運転手一名をもつてこれに当らせることが通例であつたので、本件事故当日の輸送にも前村ひとりを自動車運転手として事故自動車に乗り込ませたのであるが、運転免許取得後日なお浅く且つ入社して一ケ月にもならない亡重雄を車に馴れさせ地理を覚えさせる目的で、いわば運転手の見習としてこれに同乗させたものであつて、亡重雄の仮眠中前村が現に自動車を運転しているときに本件事故を惹起したことが認められるので、亡重雄は当時いわゆる自動車運転者の地位にはなく、被害を受けた第三者として保護されるものと解するのが相当である。

もつとも、〔証拠略〕によると、亡重雄は前夜睡眠をとつて休養すべきところ同僚との雑談に時を過したため乗車して間もなく仮眠に入つてしまつたことが窺われるので、亡重雄において被告会社が乗組ませた目的の運転見習という職務遂行に欠けていた点を見逃すわけにはゆかないが、右のような事実があるからといつて亡重雄が運行中たえず運転補助者として前方注視、運転者の監視等、事故発生を未然に防止しなければならない義務まで負い、かかる義務に違反したものとみることはできないし、また仮に亡重雄が起きていたとしても、本件事故発生の原因、態様等からみて本件死亡事故が避けられたものとは到底考えられない。

従つて、本件事故の惹起並びに損害の発生が亡重雄の過失によるものとは認められず、亡重雄が本件事故につき前村と共同責任を負うべきいわれはない。

(三)  よつて、被告は本件事故により亡重雄及び原告らに生じた損害を賠償する義務あるものといわなければならない。

二、債務免除の抗弁について

原告らが本件事故に関し前村から金二〇万円を受領し、同人に対しそれ以上の請求をしないことを約したことは当事者間に争のないところ、〔証拠略〕によれば、亡重雄と前村とは同郷人で幼少の頃からの友人の関係にあり、原告らは前村が本件事故につき起訴されるや、同人に対する同情、宥恕の気持から同人の刑が軽減されることを願い、同人が無資力であることをも勘案して僅か二〇万円の賠償金をもつて示談したことが認められ、原告らに被告会社に対する請求の放棄ないし債務の免除までする意思が毛頭なかつたことが推認されるので、右示談における原告らの前村に対する債務の一部免除が被告の本件事故に基く損害賠償債務の消長に影響を及ぼすものと解することはできない。よつて、被告の右抗弁は採用できない。

三、損害額の認定について

(一)  過失相殺

被告は本件事故による損害額の算定に当つては亡重雄の過失を斟酌すべきであると主張するが、前記一、(二)に判示したとおり、本件事故発生につき亡重雄に過失相殺すべき過失があつたとは認められない。

(二)  得べかりし利益の喪失

(1)  亡重雄が本件事故当時満二四歳であつたことは当事者間に争なく、〔証拠略〕を綜合すると、亡重雄は当時独身の健康な男子で被告会社に自動車運転手として勤務し、一ケ月平均三万五、〇〇〇円の月収をえていたことが認められる(この点についての被告代表者本人尋問の結果は措信しない)ので、右の事実と亡重雄の平均余命年数が四七・三三年である(昭和四二年簡易生命表による)ことを考えあわせると、亡重雄は本件事故に遭遇しなければ、さらに少なくとも四〇年間は毎月金三万五、〇〇〇円の収入をうることができたものと推認されうるが、前示収入額、家族構成、生活環境等を考えると、収入金額の五割に相当する金一万七、五〇〇円を生活費として費消するものと認めるのが相当であるから、同人は本件事故による死亡のため四〇年間にわたり毎年金二一万円宛の純収益を喪失し、同額の損害を受けたことになるが、これを本件事故時の一時払額に換算するため年毎の中間利息(年五分)をホフマン式計算方法により差引くと金四五四万四、九四九円(円未満切捨)となる。

なお、原告は亡重雄の収益は将来の昇給等により増大するものと主張するが、その時期、率等を証する証拠はなにもないのでそれを斟酌算定するに由ないものといわざるをえない。

(2)  原告両名が亡重雄の実父母として同人の遺産に対し二分の一の相続分を有することは当事者間に争がないので、原告両名は夫々前記損害額の二分の一に当る金二二七万二、四七四円(円未満切捨)の各請求権を相続したものというべきである。

(三)  葬儀費、交通費

原告中原徳蔵は葬儀費用として金八万八、〇〇〇円、交通費として金八万円を支出したと主張するが、これを確認させるに足る措信できる資料はないので、右と同額の支払を求める原告の請求を認容することはできない。

(四)  慰藉料

本件弁論の全趣旨から原告両名は実親として本件事故による亡重雄の死に深い精神的苦痛を感じていることを推認するに難くなく、これを慰藉するには少なくとも各自金一〇〇万円の支払を受けて然るべきものと認める。

四、労災保険による一部弁済の抗弁について

被告は原告らに将来支給せられるであろう遺族補償年金を本件損害賠償債権から控除すべきであると主張し、成立に争のない乙第五号証によると、原告中原セツは本件事故に関し労災保険に基く遺族年金として昭和四五年三月から年間金一〇万七、五二九円宛の支給を受けることになつていることが認められる。

しかし、民法上の損害賠償義務と労災保険制度との関係、ことに労働者災害補償保険法第二〇条の規定の趣旨と被害者保護の精神からみて、保険給付によつて既に損害の全部または一部が填補されていればその分については控除さるべきも、未だ現実に支給を受けていない労災保険金については将来給付されるであろう見込があるからといつて、これまでを加害者が負担すべき損害賠償金から控除することは許されないものというべきである。しかして本件口頭弁論終結時には未だ保険給付のなされていないことが被告の主張自体から明らかであるから、被告の右抗弁は理由がない。

五、結論

してみれば、被告は各原告に対し夫々本件交通事故による損害賠償金として、いわゆる得べかりし利益の喪失分金二二七万二、四七四円、慰藉料金一〇〇万円、合計金三二七万二、四七四円からいずれも各原告において支払を受けたと認める強制保険金七五万円、訴外前村安宏からの示談金一〇万円、合計金八五万円を控除した金二四二万二、四七四円を支払う義務あるものというべきであり、いずれもその内金一七五万円とこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四二年七月一二日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める各原告の本訴請求はいずれも正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉浦龍二郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例